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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)2192号 判決

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

阪上健

被告

株式会社大阪読売新聞社

右代表者代表取締役

水上健也

右訴訟代理人弁護士

中坊公平

飯田和宏

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成二年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  事案の要旨

本件は、別紙記載の記事(以下「本件記事」という)が新聞で報道されたことにより原告の名誉が毀損されたとして、原告が被告に対し、不法行為に基づき損害賠償を求める事案である。

二  争いのない事実及び証拠によって容易に認定できる事実

1  当事者

(一) 原告は、昭和四一年の初当選以来、平成二年九月一一日(以下、とくに年を示さない場合には平成二年とする)に任期満了で退任するまで、連続六期(二四年間)にわたり、兵庫県川西市長を勤めた者である。

(二) 被告は、日刊紙の発行、販売等を目的とする株式会社である。

2  本件記事の掲載

(一) 原告は、九月二四日、川西市長在職中に土木建築工事の請負等を業とする住友建設株式会社(以下「住友建設」という)大阪支店の副支店長乙川春夫から、同社が川西市から受注した都市計画道路川西―猪名川線道路改良工事の入札参加業者の指名等につき、好意ある取り計らいを受けたことの謝礼の趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら、現金二〇〇万円の供与を受けたとの嫌疑(以下「本件刑事事件」という)により、兵庫県警察(以下「県警」という)に逮捕され、同月二六日から勾留された(乙二)。

(二) 被告は、九月二九日、被告発行の読売新聞大阪本社全域版の朝刊第一面において「甲野元市長 金銭授受を認める 道路汚職 川西市議会は自主解散」の見出しを付けて、原告の顔写真とともに「兵庫県川西市の汚職事件で、県警捜査二課に収賄容疑で逮捕された甲野一郎・元市長(七八)は、二十八日までの調べに対し、住友建設(本社・東京)から二百万円を受け取ったことを認める供述を始めた。『叙勲の祝儀』と説明し、ワイロ性については否認している。」という内容の本件記事を掲載し、その全販売区域に頒布した(甲一、乙五)。

(三) 本件記事は、元市長であった原告にかかる公訴未提起の犯罪行為(収賄容疑)の関するものであって、本件報道は、公共の利害に関する事項についての報道である。

3  本件刑事事件

(一) 原告は、九月三〇日には、県警の担当の取調官に対し、乙川から二〇〇万円を受け取った旨を認める供述を行った(甲七、乙七)。

(二) 原告は、本件刑事事件について、一〇月一五日、神戸地方裁判所に起訴され、平成五年四月一二日、同裁判所で懲役二年(執行猶予三年)、追徴金二〇〇万円の有罪判決を受け、控訴したが、平成六年一〇月一八日、大阪高等裁判所で控訴棄却の判決を受けた(乙一一、二六、二七)。

4  原告の被告に対する請求

(一) 原告は、平成五年九月一七日、被告に対し、本件記事は誤報であることを指摘し、事実関係を再度調査される意向があるか否かを確認したところ、被告は、同月二五日、右記事は公益目的をもって、真実を報道した旨の回答をした(甲二の1、2、三)。

(二) 原告は、同月二七日、被告に対し、慰謝料五〇〇万円の支払等を求める旨の意思表示を行い、右意思表示は、同月二八日、被告に到達した(甲四の1、2)。

三  争点及び争点に対する当事者の主張の要旨

1  本件記事報道(以下「本件報道」という)による原告の名誉侵害の有無

(原告の主張)

本件報道で対象となった本件記事は、一般読者に原告が住友建設から現金二〇〇万円を収受し、賄賂を受け取った嫌疑が濃厚であるかのような印象を与えたものであって、同記事の中には、「叙勲の祝儀と賄賂性を否定している」部分もあるが、読者は、原告が言い訳をしているに過ぎず、全体として、賄賂をもらっていたに違いないという印象を受けるもので、原告の名誉を侵害するものである。しかも、本件記事内容が虚偽であることは明らかであるから、少なくとも虚偽の事実を広く報道した点において原告の名誉ないし社会的信用を毀損したことは明白である。

(被告の主張)

本件記事は、原告が収賄罪の犯人だと指摘しているものではなく、金銭の賄賂性について原告が否定している旨の記載もあり、したがって、本件記事の読者が、右記事によって原告が「汚職市長」であるという断定的な印象を受けるものではない。

2  被告の本件報道の違法性

(一) 本件記事の公益目的性の有無

(被告の主張)

本件報道は、専ら公益を図る目的により行われたものである。

(原告の主張)

否認する。

(二) 本件記事の真実性の立証の対象となる部分及びその真実性

(被告の主張)

(1)(イ) ある記事が、人の名誉を毀損したと言うべきか否か、また、どのような意味において同人の社会的評価が低下したものであるかは、当該対象者の主観によってではなく、本件記事を読んだ一般読者が当該記事から受ける印象によって判断されるべきである。そして、記事の主要部分、すなわち、報道の違法性を阻却するために真実性の証明を要する部分についても、一般読者が当該記事から受ける印象を基礎に検討されるべきである。したがって、本件においても、一般読者が本件記事によって原告の社会的評価を低下させるとの印象を受けるか否か、また、右のような印象を受けるとした場合、どのような点において原告の社会的評価を低下させることになるのか(印象の具体的内容)を検討しなければならない。

(ロ) 右の視点において検討した場合、仮に本件記事を読んだ一般読者が原告の社会的評価を低下させることとなるような印象を受けるとした場合でも、その印象の内容は、「甲野氏はやはり金銭を受け取っていたのか」ということであって、原告の社会的評価の低下を招くのは、右部分と言うべきである。少なくとも一般の読者が、前記行為の内容とは別個に「供述をした」という点を捉えて、「『黙っていれば良いのに、捜査機関に対して認めるとは意気地のないやつだ』という印象を受け、この点において社会的評価が低下した」などと考えるものでないことは明らかであろう。

現に、原告自身も、「右記事は、一般読者に原告が住友建設から現金二〇〇万円を収受し、ワイロを受け取った嫌疑が濃厚であるかのような印象を与えた」として、本件記事が一般読者に与える印象について、ほぼ被告の右主張と軌を一にする主張を行っている。

(ハ) 以上のとおり、仮に本件記事によって原告の社会的評価が低下し、その名誉を毀損するものであったとしても、その内容は、「原告が、金銭を受け取ったことを供述した」ことではなく、「原告が金銭を受け取っていた」という点において生じるものと言うべきである。

(ニ) 本件記事によって低下が生じた原告の社会的評価が前記のとおりである以上、本件において真実性の証明をなすべき主要な対象は、「原告が行っていた金銭授受の事実」であると言うべきである。

(2) そこで原告が金銭を受け取った事実について検討するに、原告は、本件に関する刑事事件第一審での罪状認否、最終弁論、控訴審での控訴趣意を通じて、その趣旨は叙勲の祝いであると主張しつつも金銭授受の事実は認めているのである。したがって、本件報道の違法阻却に必要な部分の真実性は、原告自身のその後の言動自体から明白である。

(原告の主張)

(1) 本件記事の内容は、原告が、九月二八日までの取調べに対し、金銭の授受を認めていないのに、これを認めたものとしたことにある。すなわち、一般読者は、本件記事によって、同月二八日までの取調べに対し、原告が住友建設から二〇〇万円を受け取り、これを叙勲の祝儀と弁解していると判断するのが通常である。

したがって、真実性の立証の対象となるのは、原告が金銭の授受を認める供述をしたかどうか、これについて叙勲の祝儀であると供述したかどうかであって、原告が金銭授受をした事実があるかどうかでない。

(2) 原告が、九月二八日までの取調官に対する取調べの中で、金銭の授受を認めたこともなく、叙勲の祝儀であるとの供述をしたこともない。

3  被告が本件記事内容を真実であると誤信するについての相当な理由の有無

(被告の主張)

仮に、本件記事の真実性の立証の対象となる部分が原告の右主張のとおりであったとしても、本件記事は、本件刑事事件の捜査に関与している県警幹部複数名に対する取材を行い、その取材内容(原告でしか供述できないような叙勲との弁解、戦友の話)を吟味し、検察庁での取材内容等を踏まえて作成されたもので、右記事に摘示された事実の少なくとも主要な部分につき、被告が真実であると信じるに足りる相当な理由が存した。

したがって、被告に故意又は過失はなく、本件報道は不法行為を構成するものではない。

(原告の主張)

被告の記者丙山徹(以下「丙山」という)は、県警幹部からの「叙勲の祝儀といっているようだ」との情報について必要な吟味をすることなく受入れ、当時、原告の弁護人であった本件の原告の訴訟代理人にも、また、検察庁への確認も怠ったものであって、被告が本件記事内容を真実であると信ずべき相当な理由はなかった。

4  慰謝料相当額

(原告の主張)

本件記事は、金銭の授受という容疑事実の重要な部分について、実際に供述していないにもかかわらず、供述したと報道したものであり、「読売新聞」のもつ社会的影響力等を勘案すると、本件記事によって原告が受けた著しい精神的苦痛に対する慰謝料は、少なくとも五〇〇万円を下らない。

(被告の主張)

否認する。

四  争点に対する判断

1  争点1(本件報道による原告の名誉侵害の有無)について

(一) 本件記事が掲載された「読売新聞」は、関西一円で多数部購読されている大新聞である(当裁判所に顕著な事実)ところ、右のような新聞記事による名誉毀損の成否は、その新聞の平均的な読者の通常の注意の程度及び読み方を基準として、右読者が受ける印象に従って判断するのが相当である(最高裁判所昭和三一年七月二〇日第二小法廷判決・民集一〇巻八号一〇五九頁参照)。そして、その際には、本文記事の内容は、もとより、その見出し、記事の大きさなどを総合的に考慮すべきことはいうまでもない。

そこで、本件記事であるが、まず冒頭に「金銭授受認める」との見出しが読者の目につくようになっており、本件記事の内容をみても、その第一文において、原告が二〇〇万円を受け取ったことを認める供述を始めたと記載し、それに続いて、「叙勲の祝儀」という弁解を記載してそれの賄賂性を否認しているという記載になっている(甲一、乙五)ところ、その体裁、順序からして、本件記事の読者は、原告が金銭授受を認めたという部分に強い印象を受けるものとなっている。右記事から読者は、「原告はやはり現金を受け取っていたのか」という印象を受けることが容易に推認される。

ところで、被告は、本件記事は、原告が「賄賂性を否認している」という点も含み、全体として原告の名誉を侵害するものでないと主張する。しかし、前述のように、本件記事は、全体として収賄容疑で逮捕された原告が金銭授受を認めたという点を強く印象づけるものである。また、「賄賂性を否認している」との点であるが、それは、本件記事の体裁、順序からして金銭授受に比して重きを置かれていないうえ、収賄罪の被疑者・被告人が金銭授受の事実を認めてその趣旨を争う(賄賂性を否定する)こともよくあるところであって、そのような実情を踏まえると、同記事においては、その直前の「現金の授受を認めた」との記載とあいまって、読者は、原告が言い逃れをしているとの印象を抱く可能性が高いものと思われる。したがって、本件記事の中に「賄賂性を否認している」という記載があるからといって、原告らの名誉、信用の侵害が否定されるものではない。

(二) もっとも、本件報道当時、原告は、収賄容疑に基づいて逮捕・勾留され、これに関する警察の公式発表や当該事件の推移について各種報道機関による報道がなされていた(乙二ないし四、弁論の全趣旨)ため、原告の名誉及び社会的信用は、本件報道を待つまでもなく既に相当程度低下していたことが推認される。しかし、被疑者が逮捕されたという報道によって一般の読者が当該被疑者が犯罪を行ったという印象を抱くことは否定できないが、その報道に引き続いて同人が犯罪事実を認めた、すなわち自白したという報道がなされれば、読者は、同人が有罪であるということをほぼ確信するものであって、被疑者が事実を認めた旨の報道は、新たな名誉侵害を引き起こすものといえる。そして、収賄被疑事件における現金の授受を認める旨の供述は、事件の核心部分についての供述であって、現金の授受を認めたという本件記事は、読者をして原告が有罪であるとの印象をより強く抱かせることは明らかであり、これによりさらに一層原告のの名誉、信用が害されたことも明らかである。

(三) なお、本件記事が掲載された翌日の九月三〇日に原告が取調べの中で現金の収受を認め、「叙勲の祝儀」として賄賂性を否定したことは、原告において自認するところであるが、名誉侵害の成否は、名誉侵害に該当する行為がなされた時点で存在していた名誉ないし社会的評価を基準として判断すべきである。したがって、記事掲載後の右取調べの際の原告の供述状況は、原告の名誉侵害の程度に影響を及ぼす可能性があるものの、名誉侵害の成否それ自体の判断にあたって考慮すべきではない。

(四) 右の次第であるから、その程度はともかくとして、本件報道によって原告らの名誉が毀損されたこと自体は否定することができない。これに反する被告の主張はいずれも採用できない。

2  争点2(被告の本件報道の違法性)について

(一) 名誉毀損については、当該行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、もっぱら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、その行為は、違法性を欠いて、不法行為とならないと解され(最高裁判所昭和四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁参照)、これらの要件を欠く場合には違法性が肯定されることになるから、本件報道の違法性を判断するにあたっては、右各要件の検討が必要である。

(二) 本件報道の公益目的性

本件記事は、本件刑事事件に関する記事であって、その内容も同刑事事件の捜査状況についての報道を主眼としている。右記事の体裁、内容からすると、被告が専ら公益を図る目的で右記事を報道したものと推認され、これを覆すに足りる証拠はない(なお、本件報道が公共の利害に関する事実に係わるものであることは前記のとおり当事者間に争いがない)。

(三) 本件記事の真実性の立証の対象となる部分

(1)  新聞報道においては、その記事内容の真実性は当然要求されているが、他方迅速性の要請に鑑みれば、当該記事の内容のすべてについて細大もらさず真実であることを要求するのは相当ではなく、その主要な部分について真実であることが要求されていると解するのが相当である(大阪高等裁判所昭和六一年一〇月二三日判決・判時一二二三号五九頁参照)。

そこで、本件記事の主要な部分とはどこであるかが問題となるが、名誉毀損の違法性が阻却されるか否かの問題である以上、やはり、一般読者が通常の注意と読み方で読んだ場合の印象を基準として判断するのが相当である(前掲最高裁判所昭和三一年七月二〇日第二小法廷判決)。

(2)  被告は、本件記事の真実性の立証の対象は、原告が金銭授受を認めたかどうかではなく、金銭授受の事実自体であると主張する。確かに、本件記事の報道により原告の名誉が侵害される主要な内容として、本件記事の読者が、原告の金銭を受け取っていたという印象を抱くところである。しかし、一般読者の右印象は、原告が金銭授受を認めたことによって増幅(より確かと認識される)されているものであって、本件記事の体裁(見出し記載)からも明らかなとおり、それを原告自身が認めていることが重要であった。被告も原告がそれを認めていなかったとすれば、記事として報道することもなかったものと思われる、したがって、真実性の立証の対象も、原告が主張するとおり、取調べに対し、「原告が金銭の授受を認め、叙勲の趣旨でその賄賂性を否定している」との事実と解すべきである。仮に、被告が主張するように、原告が右のような供述をしたことではなく、供述内容それ自体の真実性の立証で足りるとすると、被疑者の取調状況に関する報道について、安易な不正確な報道が、その後の状況次第でいわば追完(違法性が阻却)されることになり、許容できない結果を招来するおそれがある。この点からも、被告の右主張は、採用できない。

(四) 本件記事の真実性

原告が九月二八日までに本件記事に掲載されたとおりの金銭授受を認め、これを叙勲の祝儀であるとの供述をしたと認めるべき明確な証拠は存在しない。かえって、原告の取調べを担当した佐藤八郎警察官は、本件刑事事件の第一審の公判廷において、何度も本件記事を前提にするなどして九月二八日までに原告が金銭授受を認め、かつ、その金銭授受を叙勲の祝儀であるとして、賄賂性を否定する趣旨の供述をしていたかどうか尋ねられた際、そのような供述はなかったと明言している(甲六)。

これに対し、丙山は、県警幹部等から取材した結果に基づいて本件記事を記載したと証言しており、「授受のあった二〇〇万円は叙勲の祝儀であって、賄賂の趣旨を否定する」旨の原告の弁解は、原告も本人尋問の中で供述するとおり、「(九月三〇日に)自ら警察で供述するまで逮捕前も含めて誰にも話をしたことがない内容」であって(原告調書一三丁裏一一行目ないし一四丁表二行目まで)、本件刑事事件の取材をしていた丙山が想像や憶測で勝手にそれを考案できるような内容ではないと考えられる(丙山調書一三丁裏六行目以下)ことからすれば、原告が九月二八日までの捜査官の取調べの中で直截に前記の供述をしていないまでも、住友建設内部の者との関係など周辺の事情を説明する過程で、叙勲の祝儀などとしてであっても、金銭授受の事実を匂わせるような言辞がなかったとまでは断定できず、丙山が取材の過程で得た情報を総合して本件記事を作成した可能性を否定することはできない。

しかし、丙山は、その取材源を明らかにしておらず、したがって、本件刑事事件にどのようなかかわりを有する人物からの取材であるかなどその情報の正確性を確認する術もない。報道機関には取材源秘匿の要請があり、そのこと自体は、民事訴訟においても尊重されるべきであるが、その尊重によって相手方当事者、特に本件のように記事で名誉を害された者が、一般の民事訴訟に比して不利益に扱われること、換言すると、被告(報道機関)側の立証責任を一般の民事訴訟事件に比して緩和することは相当でないから、右のような可能性が否定できないからといって、明確な根拠もなしに、本件記事の真実性を肯定することはできない。

(五) したがって、本件記事は、その主要部分についての真実性の証明が存しないものといわざるをえず、その点において違法性を否定できない。

3  争点3(被告が本件記事内容を真実であると誤信するについての相当な理由の有無)について

(一) 前記のとおり、本件報道については、記事の真実性の証明がない点においてその違法性を否定できないといわざるをえないが、当該記事が真実であるとの証明がなされなくても、その行為者においてその事実を真実であると信ずるについて相当な理由があるときには、その報道には故意もしくは過失がなく、結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である(前掲最高裁判所昭和四一年六月二三日第一小法廷判決)から、以下においてその相当性を検討する。

(二) 証人丙山の証言によれば、本件記事の記載に至るまでの取材経過等については以下のとおりであると認められる。

(1) 八月末に実施された川西市長選挙の選挙違反事件の捜査(買収資金の流れの解明)の過程で、公共工事を巡る斡旋収賄事件が明るみに出て、九月当時、当時現役市長であった原告にも収賄の嫌疑がかけられていた。被告は、この事件の推移を注目し、捜査をしているのが県警本部の捜査二課であったことから、県警本部を担当している被告神戸支局が事件取材全体の責任を持ち、川西市が所在する阪神地区を担当していた社会部の阪神支局も協力して取材するという体制をとり、合わせて一六ないし一八人くらいの記者がかかわっていた。当時丙山は、神戸支局に所属していて、県警本部を担当していた三人の中のキャップという立場にあり、捜査二課長を含めてそれ以上のポジションにいる県警幹部を対象に直接話を聞くという形で取材していた。

このような状況下で、九月二四日、原告が収賄容疑で逮捕されたが、逮捕当時の県警側の発表では、原告は、金銭の授受を含め、容疑事実を全面的に否定しているということであった。そこで、丙山らは、原告が取調べに対して容疑事実を認めたかどうかをテーマに捜査関係者に対する取材を続けていたが、同月二七日までの状況では、逮捕直後に発表された原告の弁解内容を越えるような話は出ていなかった。

(2) ところが、同月二八日午後九時以降、丙山が県警幹部の一人の自宅を訪問して取材を行ったところ、原告が容疑事実を認めているような認めないようなあいまいな答えが返ってきた。右幹部からの取材ではそれ以上の回答は得られなかったが、丙山は、前日までの取材と比較して原告の供述に何か変化があったものと思料し、右幹部よりもさらに責任の重い別の幹部の自宅を訪問し取材したところ、「金銭の授受はあったが、賄賂の趣旨ではなく、住友建設の役員か何かをしている戦友から叙勲の祝儀としてもらったということを言っているようだ」という回答を得た。

(3) 丙山は、神戸支局に帰り、阪神支局に叙勲の事実について尋ねたところ、原告は四月二九日に叙勲を受けており、新聞でも報道されているという回答を得た。

他方、検察庁を担当している石垣記者からも、「金銭のやり取りは認めるけれども賄賂ではないという態度のようだ」という取材結果の報告を受けた。

(4) 丙山は、叙勲の祝儀である、あるいは住友建設の役員か誰かに戦友がいるということは、捜査側があらかじめ見当を付けるということではないから、原告本人の口から出た言葉に間違いなしと思料し、加えて賄賂の趣旨を否定しているということは捜査側に必ずしも有利な供述ではないこと、検察側にも同じことが濃厚に伝わっているということで、右取材内容は信用できると判断し、本件記事を作成した。

但し、戦友に関する部分は、取材に応じた県警幹部が明日以降調べると言っていたこと、丙山としても二八日中にその裏付けを取るのは困難であると判断したことから記事にはしなかった。

なお、掲載に先立って、丙山が本件担当の検事、刑事、県警の捜査二課長、原告の弁護人に対し右取材内容を確認したという事実はなかった。

(5) その後、捜査機関から被告に抗議があったことはなく、原告もしくは代理人から、平成五年九月一七日以前に本件記事は誤報であるとの抗議を受けたこともなかった。

(三)  以上の事実を踏まえて、被告が本件記事の主要部分を真実と信じるについて相当の理由があったといえるか検討するに、前記のとおり、原告が九月二八日までにその取調べの中で「二〇〇万円の金銭授受を認め、それについて叙勲の祝儀であって、賄賂の趣旨ではない」旨の供述をしていたとまで認めることはできないが、捜査官において、そのような弁解を創作したと考えるのも不自然であるところ、丙山が右取材源から得た情報は、単に原告が現金の授受を認めたが賄賂性を争っているという、収賄事件一般に共通するような抽象的な内容にとどまらず、賄賂性を否定する理由として、「住友建設の役員か何かをしている戦友から叙勲の祝儀としてもらった」という具体的な内容を含むものである。

そして、原告が現金の授受を認めたという部分は、置くとしても、賄賂性を否定する右のような具体的な内容は、通常、捜査関係者の単なる想像や憶測で語られるものとは考えにくく、しかも、丙山の右取材の時点でこのような情報が既に出回っていた事実も認められないことを総合勘案すると、かかる内容を聞いた丙山が、原告が金銭授受を認める供述を始め、かつ、叙勲の祝儀であるとして賄賂の趣旨を否定する供述をしていると判断したことには相応の合理性がある。しかも、検察庁担当の石垣記者から得た前記情報も丙山の右取材内容を裏付けるものであって、丙山は、原告が右弁解で述べている叙勲についても四月二九日に叙勲しているという事実を確認している。以上の事実からすれば、丙山は、原告や原告の当時の弁護人や捜査を担当していた検事などに積極的に原告の右供述内容について問い合わせることをしていないが、右取材源から得られた情報を真実であると信じたことは相当の理由があるというべきである。

(四) したがって、被告は、本件記事の内容を真実と信じる相当の理由をもって本件記事を報道したものと認められ、被告には、本件報道について故意又は過失がなく、不法行為は成立しない。

五  結論

以上の次第であり、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井垣敏生 裁判官中村哲 裁判官富阪英治)

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